「三つ子の魂百まで」は「幼い頃に形づくられた性格や気質・癖は、大人になってもなかなか変わらない」という意味のことわざです。
- 7月28日
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6月4日(木) Xへの投稿
「三つ子の魂百まで」は、 「幼い頃に形づくられた性格や気質・癖は、大人になってもなかなか変わらない」という意味のことわざです。その諺は人間だけに当てはまる内容で動物には当てはまりません。動物は本能が備わっており、本能のままに生存と繁殖を繰り返して行くことが自然です。人間の肉体も本能によって成長し、完成して行く点では他の動物と変わりはありません。
しかし、人間の心の成長、宗教的に言えば霊的成長は自動的には成長せず、人間がどのような子供時代を送り、その後、どのような考えを持ち、自分の責任を果たし、努力するなかで心の成長はなされていき、それこそが人間の万物の霊長たる所以です。
人間を見ると肉体的には他の動物より劣り、生まれてすぐ自分の足で立ち、自分から乳を求める動物と比べ、全面的に親に依存しなければ生存すらできない未熟児として生れて来ます。
その3歳までが人間の精神的成長の基礎をつくる極めて重要な期間であることを‟三つ子の魂100まで“と言われたのだと思います。
人間は神の子女として生れ、神様の本質なる真の愛、無条件の愛を父母から受ける期間、親の愛を受けること無くして生存すらできない未熟児として生れることが神の創造の業であったのだと私は母から受けた無条件の愛を体験し、その事を悟ったように思います。
両親の無条件の愛によって育まれ、両親が作り出す愛のぬくもりを感じ、人間として最も重要な期間として神様は計画したのではと感じています。
文総裁から夫婦は決して子供の前では言い争ってはいけないとの指導をアメリカで家庭を持った時、受けたことがあります。安定した情緒の確立こそが家庭教育の原点であると子供の前では決して喧嘩をしないとの原則を家庭生活では努力をして来ました。


