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人材育成協会
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文鮮明先生から言われた言葉
文鮮明総裁はかって私に『君は器用な男だ』と言われたことがありました。手先の器用でもない私をそのようにおっしゃったのは工具を使って何かを作り出すと言う事ではなく、私たちの霊的生活での工具はみ言であり、原理と言う真理を使って自分と環境を作り上げていくことを意味する事であったのではと感じています。 授受作用は力の源泉であり、授受作用が順調であれば成功への道も開かれて行くことは昔から『家和して万事なる』と言われているように誰でもが知っています。 私を主体とする時、その対象に父母がおり、妻がおり、子供が居ます。上、横、下の三つの対象との間で授受作用が上手に出来ていれば家が和し、幸せな家庭になります。 同様に社会生活の中、上司がおり、同僚がおり、部下と3つの対象との間がどの様な関係性を築いているのかが成功の秘訣であると私の場合は教会生活の中で、何時もそのことを考えて来ました。 私には何時も、真の父母様を代身する上司、また同じ役職にいる同僚、そして私の下で一緒に歩んでくれるメンバーがおり、その3つの対象との間の授受の関係はどうなのかと。上司との授


何故、私が目に見えない神様を信じ、信仰の道を歩むのか
何故、私が目に見えない神様を信じ、この世の物質的な豊かさを求めるよりも心の豊かさを求め悔いない80年の人生を生き、心から感謝することが出来ているのかについて証しをしたいと思います。 目に見えないものは信じないと言う方がおられますが目に見えないものは信じないとすれば勿論、宗教は成り立ちませんが科学も成り立たないのではないでしょうか。 目に見えない法則を仮定し、それを実際に実験し試して科学は発展して来ました。ニュートンは重力があると仮定し、リンゴを落とす実験をしたと言われているようにです。 りんごが落ちる様子は目で見えますが、万有引力の法則そのものは見えません。 同じように宗教においてもそれぞれ目に見えないものを信じ、願いがかなったと体験したことにより、その宗教を信じるのではないですか。 私が信じている父母なる神様は目に見ることはできません。私がなぜ、父母なる神様を信じて来たのかと言えば父母なる神様から私に恩恵(人によればご利益というかもしれません。)を与えてくれた実感があるからです。それが祈りであり、原理の教えの実践によって神様によって与えら


原理の考察①
真理であると確信したものを自分の生活において実践し、真理と実践が一致した時、真理として証明されるのだと思います。原理の考察① 真理は必ず現実の生活に密着し、人間を幸せにするものであると私は信じています。 そのため、学んだ内容は自分の生活にどのように生かし、当てはめるのかを考えるにとても楽しく喜びを感じて来ました。例えば神様は陽性と陰性を持つ陽陰の2性々相であるなら、人間は神様に似て同じように陽も陰も兼ね備え、それを愛によって実践するようにしなければと考え、陽の性格、明るく、積極的な性格を開発し、それによって自分の生き方とともにその性格がどの様に周りの人に喜びを与えられるかを考えるようにしました。 しかし、人間はどんなときにも陽気であるとすれば人間としての深みや周りの人が悲しみに遭遇している時にはかえって不快な気持ちにさせることになるのではないですか。そのような時には神様の陰性に似て、深く物事を考え、相手の事を思いやるやさしさが必要になるのでどのようにしたら神の陰性に似た性格を持つこと


私の行ってきた原理講義
私が行って来た講義は相手を洗脳するために準備し、行ったものではないと思います。 私は長い間、講師として教会で講義を行って来ました。講義をする時、いつも思い出すのは大学の授業での体験でした。大学教授が講義の前、30年来用いているよれよれの茶色くなった大学ノートを出し、淡々と学生を見ず、黒板を見て、講義をする様子でした。学生に是非とも伝えたいとの情熱も余り感じられませんでした。 原理の講義をする場合は伝えたい内容を講義前に再確認するため、講義を聞く受講者の事を考えながら新しい講義案を毎回、作成し準備しました。その上で講義をする前に新しく作った講義案を思い出し、祈り乍ら神様の前で講義をし、神霊的にどこを強調することが神様の願っている事かと再確認します。講義をする時、天が願う神霊と真理が受講者に正しく伝えられるようにと思い準備し、決してマンネリ化した講義はしてはいけないと心に決めて壇上に立ちました。 そのような姿勢は私が全国を巡回し巡回師となって説教をする時も初期に文先生から教えられた姿勢を守れるようにと歩んで来たように思います。講義が終わる


マインドコントロールについて
誰彼にマインドコントロールをされ、60年の道を新鮮に歩むことは出来ないと思います。私を変えたのは真理を知った事によるマインド(意識)の変化とともに、それ以上に原理で語られる神様の心情やイエス様の心情、そして歴史の中で歩んで来たノア、アブラハム、そしてモーゼの困難に立ち向かう生き方によって、私のうちに秘められた本心が納得したためであると思います。宗教的思想によってマインド(意識)が変わることがあってもそれだけでは自分の生き方が変わったとしても長くは続かないはずです。私自身が19歳から現在81歳までの60年を超える信仰の道を続けて来られたのは心の豊かさを求め、日々歩んだからであると感じています。私はかなり合理的な人間で少年時代に母が食事に心を込め、美しい食卓を準備しても、食事は食べてエネルギーになるだけだからそんな必要はないのにと考える情緒の無い人間でした。食事はエネルギーを得るための物であると。 教会に入って活動するようになっても何故、人と話して無駄な時間を過ごすのかともっとその時間を勉強し、知識を高め、明日のゲストの講義に時間を費やした方がいいの


文鮮明先生御自身の証し
1970年10月13日水澤里にて 涙の信仰生活結局は、この歴史のすべての犠牲は、私一人を救うためのものであったことを実感できる、自分の人格を持たなければならない。そういう歴史を見た場合には、涙なくしては見詰めることができない。統一教会の食口は、涙の切れる生活であってはいけない。 一週間、だれも自分を相手にしなくとも、自分なりの信仰生活ができなければならない。神様と向かい合った時、胸が裂けるほどの悲しみを感じる。こんな私を頼りにせざるを得ない神様は何とかわいそうか。つらい歴史を担当してきた神様の心情を、私たちは慰めなければならない。神様には昼も夜もない。何千年も続けて失敗を繰り返しながら後退できず、ずっと摂理を続けてこられた神様はいかにかわいそうか。 涙が切れている統一教会の兄弟は、食口ではない。目がはれて、太陽を見ることができないほど泣き続けたことがあるか。本当の孝行息子なら娘なら、一言の言葉で神を泣かせる。また神の一言で、わき上がる涙を抑えることができない。いつ自分の感動的一言で、神が泣いたことがあったか。神と抱き合って一体となって感謝し合った


私が体験した万物復帰
私が体験した万物復帰は神様の愛を感じ、人々の優しさを感じ、また万物の尊さを身をもって感ずる感謝の実践でした。 私の初期、開拓生活は自分で糧を自分で得ることが原則でした。天の道を歩む者は色々な経験を積み、まずは僕の僕からの生活が原則でした。 毎日、朝は5時に起床し、朝拝を行い、朝食は前日、パン屋さんで提供してもらったパンの耳と八百屋で頂いた少し痛んだ野菜で済まし、午前中は廃品回収業者に行き、リヤカーを借り、各家庭を訪問し、古紙や空瓶を提供して貰うことから始まります。それで得たお金でアパートの賃料と伝道に必要なパンフレット、講義のための黒板、チョーク、メモ帳を準備します。 午後からは通常は大学に行き学生伝道をし、夕方には繁華街で伝道幕を立てての路傍伝道です。夜は訪問するゲストがあればゲスト訪問をし、ない時は聖書と原理講論の勉強をし、ゲストの為の備えをします。寝る前は一日を思い起こしながら祈りを捧げ、神様の導きを感謝して休みます。 振り返って見れば大学に行っている時は親の支援を受け、朝と夕食はすべて母が準備してくれたものを食べ、昼食は大学の学食で、


み言葉の理解は正しかったのか?
万物復帰の言葉の独り歩き。万物復帰とはお金を集め、教会に捧げることであるかの如く理解する教会内外の人がいるが本来の意味がなんであるのか? 万物復帰の真の意味 人間が堕落しなければ神様が自然と分かった。:蕩減復帰の道を歩む必要はない。 万物復帰も必要ない。 ロマ書8:19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。 人間は堕落することにより万物以下に成り果て、兄カインが弟アベルを憎しみ、恨み、嫉妬心で殺すまでになってしまった。そのことを聖書はロマ書で本来の位置から離れ、万物を主管(愛し治める)ことが出来なくなったと書かれている。 万物以下に陥った人間が人間の喜びの為、神が人間創造前に子としての人間が喜びで幸せに過ごせる環境としてエデンの園(喜びの園)を創造され、創造した万物を材料として人間の肉体を創造した。しかし、肉体までサタンに主管されてしまいました。 そのため、神が再び人間の肉体を再創造するためには堕落した人間であっても神が万物創造の時、完全投入したように、神様の願いにそって万物を神に捧げることが万物復帰の


文鮮明先生との最初の出会い
文先生は戦前、早稲田大学にて電気工学を学ばれ、1943年9月に韓国に帰国した後、1965年1月28日に日本に来られました。私は2月2,3日に大阪でお会いしました。当時、まだ開拓時代であったので関西の信者は40名余りであったと思います。 私は文先生がイエス様のような方と想像し、神秘的な方ではと思い、白い衣を着て来られるのではと思っていました。しかし、名古屋から車で到着された文先生は普通に背広を着て居られ、外的には何ら神秘的ではなかったことに却って強い印象を受けました。小さな2階建ての家屋を教会として使っており講話が終わると、2階に文先生はお泊りになり、私たちは1階で寝ておりました。夜中に2階から誰かが降りて来られたと、私が目を開けて見ていると文先生がステテコ姿で一階のトイレに行かれました。ますます私自身が描いていた神秘的な方ではとの先入観が瓦解したので良く覚えています。 文先生は外的に特殊な服装をし、現れることはそれ以後もありませんでした。外的な様相は全く我々と変わりませんでした。 しかし、話し始められると熱を帯び、汗を流しながら真剣でした。


私自身の決断でなした信仰生活
家庭連合信者は洗脳されていると考える人もおられるかもしれませんが、私の入教の動機とその後の歩みは自らが決断しなければ歩むことのできなかった60年でした。 家庭連合に入信する前。(1964年11月頃) 世界の難病で悩んでいる人の薬を開発する夢を持ち、早稲田大学理工学部応用化学科に入学。当時、学内は安保闘争で荒れ、世界平和を叫びながら怒号で覆われ、誰しもがどうしたら平和世界が出来るかを考えておりました。その時、私自身は闘争で平和が実現できるはずがなく、イエス様のみ言で人を裁くな、まず自らの心の葛藤を解決しなければと思って学生生活を送っていました。しかし、その課題は余りにも困難で、イエス様のみ言に従う生活は不可能ではないかと葛藤している時、大学の理工学部の掲示板に『イエスキリストの十字架の限界と再臨の必要性』についての集会を行うとの原理研究会の案内が出ており、それに関心を持って集会に参加した事が導かれるきっかけでした。 (1964年11月14日) 何故、文鮮明先生を再臨主と信じたか。 ①私の抱いていた疑問が明確に答えられた。 A)神様はなぜ、全能である


家庭連合の改革は、神様の人間創造目的の原点に帰る事によってなされる。
宗教の教義への踏み込みは憲法違反であり、司法の越権行為である。 家庭連合の改革は神様の人間創造目的の原点に帰る事によって。 真の愛は‟ために生きること“ ために生きようとすれば愛の心だけでなく相手のためになる具体的な能力が必要です。海でおぼれた人を救いたいと思う愛情があったとしても、泳ぎが十分に出来る能力がなければ救うことはできません。親なる神様は自らの持つ愛と創造性(能力)を子たる人間に与えることを願いました。 そのため、他の動物とは違い、与えられた本能によって成長する肉体だけでなく、自らの努力で成長する霊の体(霊人体)を持つ存在として人間を創造されました。人間は動物とは異なり、他のために生きようとする心(愛)があり、その心を育てる努力をなすとともに、個々人の個性を高めようとする意欲があり、その事の達成は人間自身の責任として与えられている。 人間は神様の子女として創造されたと信ずる私達、家庭連合の信徒は愛を育て、創造性を開発することが家庭連合の進む道であると自覚しており、高等裁判所が我々の未来を予測し、教会と信徒は変わらないと断定するこ


家庭連合信徒としての私の反省と、今後の決意
『全体的な目的を離れて、個体的な目的があるはずはなく、個体的な目的を保障しない全体的な目的もあるはずがない。』(原理講論P65) 宗教が陥りがちな悟りを得るために社会から遊離することも、共産主義運動のように平和を唱えながら、国家を否定し、個人としても人間が憎しみの心を克服できなければ本当の世界平和を実現することが出来ないと家庭連合の教えは説いている。 その観点から日本における家庭連合も反省し、再出発の必要があると私は感じている。日本における統一運動は世界摂理のために貢献すれば日本が救われると教条的に考え、国家の為、社会のための具体的な活動を疎かにし、家庭に対しても配慮が不足し、個体的な目的を保証しない全体的目的に偏った活動がなされてしまったと古参信者として責任を感じております。特に日本の国の為、必要な愛国運動である左翼勢力との戦いの責任を担う勝共の活動が長い間停滞し、反日団体ではないかと言われるまでの状況になってしまいました。 日本はスパイ防止法もなく、中国を中心とする共産国家のスパイ天国になっており、各界各層に中国の影響が強く日本の安全


愛するものを犠牲にして、救いの道を開かれる。
3月4日の東京高裁の判決を聞いた時は、一瞬血の気が引きました。しかし、すぐに心を落ち着かせるために、感謝の思いを持ってお祈りをしました。そうすると、二つの声が聞こえました。それは、「絶対否定と再出発」と、「未来に輝くためにこれで良かった」というものでした。 私にはそれがどう意味なのか分かりませんでした。ましてや、それで良かったなどとは、到底思えませんでした。そのため、それらがどういう意味なのか祈りました。一両日中には、最初の声の意味が分かりました。それは、高裁の不当な判決は到底受け入れられないけれど、一旦受け入れざるを得ず、それは正しく私たちの全ての完全否定に等しいものです。しかし、そこから教会堂の無い、全く新しい出発をしなければならないというものです。 これは即ち、家庭教会、氏族メシヤ形態の新しい形態だと思います。そして、これを力強く推進してこそ、地に足を付けた実体的な勝利、未来の輝ける道が開かれることでしょう。 先週の日曜日に私は、私が以前に出会ったピアニストで、平和大使になった人のコンサートに行きました。それは、インドとアゼルバイジャンの音