私が体験した万物復帰
- 2025年12月30日
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私が体験した万物復帰は神様の愛を感じ、人々の優しさを感じ、また万物の尊さを身をもって感ずる感謝の実践でした。
私の初期、開拓生活は自分で糧を自分で得ることが原則でした。天の道を歩む者は色々な経験を積み、まずは僕の僕からの生活が原則でした。
毎日、朝は5時に起床し、朝拝を行い、朝食は前日、パン屋さんで提供してもらったパンの耳と八百屋で頂いた少し痛んだ野菜で済まし、午前中は廃品回収業者に行き、リヤカーを借り、各家庭を訪問し、古紙や空瓶を提供して貰うことから始まります。それで得たお金でアパートの賃料と伝道に必要なパンフレット、講義のための黒板、チョーク、メモ帳を準備します。
午後からは通常は大学に行き学生伝道をし、夕方には繁華街で伝道幕を立てての路傍伝道です。夜は訪問するゲストがあればゲスト訪問をし、ない時は聖書と原理講論の勉強をし、ゲストの為の備えをします。寝る前は一日を思い起こしながら祈りを捧げ、神様の導きを感謝して休みます。
振り返って見れば大学に行っている時は親の支援を受け、朝と夕食はすべて母が準備してくれたものを食べ、昼食は大学の学食で、何ら不便はなかったにも拘わらず、感謝も足りなかった生活でした。
しかし、教会での生活は夏であれば汗が止めどなく流れ、冬であれば凍てつき、滑るリヤカーを凍える手で引きながら得るお金での生活の中、金銭の尊さを、そして食べる物は耳パンと少しの野菜でも感謝して祈る生活はかえって豊かで満たされた経験でした。
万物復帰とは神様が人間のために真心を込めて創造されたすべての万物の尊さを再確認するための神聖な活動でした。豪華なものではなくても汗と涙で得た食事と廃品を捧げてくれた人に対する感謝を感ずる生活でした。
そして聖書のマタイ伝10章4節にイエス様が『わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さい者のひとりに冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、よく言っておくが、決してその報いからもれることはない』と言われたように廃品を与えてくれた人が神様の恵みを受けることが出来るように祈りを捧げる生活でした。


