神様が人間を創造したのが6日目であると聖書は書かれています。
- 7月28日
- 読了時間: 2分
更新日:7月29日
6月1日 Xへの投稿 今日は6月の最初の日、朝祈りながら6数について考えました。神様が人間を創造したのが6日目であると聖書は書かれています。生めよ、増えよ、地に満ちよと喜びで祝福を与えた人間、アダムエバが神の子女として生れました。他の被造物とは異なり、取って食べてはならないとのみ言を成人まで守り、神の祝福を成し遂げなければなりませんでした。しかし、アダムとエバは喜びの園と言われたエデンの園から追い出されたと聖書には書かれています。
人間を神の子として創造した親なる神様の喜びの叫びが子を追放しなければならない塗炭の苦しみから歴史は始まりました。6の数字を思いながら祈る時、神様の叫びが聞こえてきます。帰れ、我が子よと。しかし、歴史上でその事を感じたのは2000年前のイエス様だけでした。イエス様は私を見し者は神を見た者と言われるほど神様の心を感じたメシアでした。
イエス様は愛する弟子からも裏切られ、十字架で死に至る時も許すことが出来たのは神様の人類歴史の歩みが如何に裏切られても許し、救いの道を探して来られたかを知って居られたからです。十字架につけたローマの兵士も許し,汝の敵まで愛するとのみ言を自ら実践しました。しかし、2000年のキリスト教の歴史の中でイエス様の十字架上の歩みが神である天の父母様の歩みであったことが分かりませんでした。文鮮明総裁、韓鶴子総裁はその事を明らかにし、天の父母様の心情を私に伝えてくれた方であり、また神様の痛みを開放するため、歩んでほしいと願われた方でした。6月は祈りで私の人生は天の父母である私の親が悲しんだ歴史の歩みに少しでも喜びを返せるように歩まなければと祈り乍ら決意をしました。 柴沼記


