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み言葉の理解は正しかったのか?

  • 2025年12月1日
  • 読了時間: 2分

万物復帰の言葉の独り歩き。万物復帰とはお金を集め、教会に捧げることであるかの如く理解する教会内外の人がいるが本来の意味がなんであるのか?

万物復帰の真の意味

人間が堕落しなければ神様が自然と分かった。:蕩減復帰の道を歩む必要はない。 万物復帰も必要ない。

ロマ書8:19   被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。

人間は堕落することにより万物以下に成り果て、兄カインが弟アベルを憎しみ、恨み、嫉妬心で殺すまでになってしまった。そのことを聖書はロマ書で本来の位置から離れ、万物を主管(愛し治める)ことが出来なくなったと書かれている。

 

万物以下に陥った人間が人間の喜びの為、神が人間創造前に子としての人間が喜びで幸せに過ごせる環境としてエデンの園(喜びの園)を創造され、創造した万物を材料として人間の肉体を創造した。しかし、肉体までサタンに主管されてしまいました。

 

そのため、神が再び人間の肉体を再創造するためには堕落した人間であっても神が万物創造の時、完全投入したように、神様の願いにそって万物を神に捧げることが万物復帰の意味(ノアが箱舟を造られたように)です。人間が真心で捧げた万物を通し、神様が人間を再創造する復帰の道が万物復帰の道です。

 

初期開拓期の万物復帰は廃品回収で、一軒一軒を訪ねながら汗と涙を流してお金を復帰し、そのお金が伝道の資金となって使われました。

 

その後、色々な方法の万物復帰がありましたがほとんどの信徒の方は純粋に真心を尽くし、尊い万物を天に捧げ、天からの恵みを得て来た事は確かですが、何時の間にか原点を失い、第一弟子の金オンピル先生が言われているようにお金を造ることに焦点を置き、一部の責任者が本来の目的から逸脱したこともあったのではないか、その結果が現在の審判になって来たのではとの反省が必要ではないでしょうか。

キリスト教の10分の1献金の伝統はプロテスタント精神の伝統として聖職者だけでなく、働く人の勤労も聖なるものであり、勤労から得た尊いお金は神に対する献身によって与えられたのでまず、その10分の1を神に捧げることが伝統となりました。


 

 
 
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