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文鮮明先生御自身の証し

  • 2月2日
  • 読了時間: 2分

1970年10月13日水澤里にて


涙の信仰生活結局は、この歴史のすべての犠牲は、私一人を救うためのものであったことを実感できる、自分の人格を持たなければならない。そういう歴史を見た場合には、涙なくしては見詰めることができない。統一教会の食口は、涙の切れる生活であってはいけない。 一週間、だれも自分を相手にしなくとも、自分なりの信仰生活ができなければならない。神様と向かい合った時、胸が裂けるほどの悲しみを感じる。こんな私を頼りにせざるを得ない神様は何とかわいそうか。つらい歴史を担当してきた神様の心情を、私たちは慰めなければならない。神様には昼も夜もない。何千年も続けて失敗を繰り返しながら後退できず、ずっと摂理を続けてこられた神様はいかにかわいそうか。 涙が切れている統一教会の兄弟は、食口ではない。目がはれて、太陽を見ることができないほど泣き続けたことがあるか。本当の孝行息子なら娘なら、一言の言葉で神を泣かせる。また神の一言で、わき上がる涙を抑えることができない。いつ自分の感動的一言で、神が泣いたことがあったか。神と抱き合って一体となって感謝し合ったことがあったか。 世界のだれ一人分からなくとも、神と私との間にあったその内容は、だれにも否定できない事実として存在している。それがなければ霊界に行っても惨めだよ。心情が問題だ。子としては、やっても やっても、もっとやりたくて、そしてもっと探し求めるような心情だよ。神のためにやりたくて やりたくて、それが永遠に続くような心情だよ。こんな神様を自分の父として迎えるのが、統一教会の食口だ。

 

 
 
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