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愛するものを犠牲にして、救いの道を開かれる。

  • 2025年7月1日
  • 読了時間: 3分

3月4日の東京高裁の判決を聞いた時は、一瞬血の気が引きました。しかし、すぐに心を落ち着かせるために、感謝の思いを持ってお祈りをしました。そうすると、二つの声が聞こえました。それは、「絶対否定と再出発」と、「未来に輝くためにこれで良かった」というものでした。

私にはそれがどう意味なのか分かりませんでした。ましてや、それで良かったなどとは、到底思えませんでした。そのため、それらがどういう意味なのか祈りました。一両日中には、最初の声の意味が分かりました。それは、高裁の不当な判決は到底受け入れられないけれど、一旦受け入れざるを得ず、それは正しく私たちの全ての完全否定に等しいものです。しかし、そこから教会堂の無い、全く新しい出発をしなければならないというものです。

これは即ち、家庭教会、氏族メシヤ形態の新しい形態だと思います。そして、これを力強く推進してこそ、地に足を付けた実体的な勝利、未来の輝ける道が開かれることでしょう。

先週の日曜日に私は、私が以前に出会ったピアニストで、平和大使になった人のコンサートに行きました。それは、インドとアゼルバイジャンの音楽コンサートでした。静かな曲の流れる中で、我知らず祈りました。そうすると、私が受けた二番目の声の回答が与えられたのです。

それは、人類のあまりにも罪深い歴史を完全に蕩減復帰し、実体的世界的救いの道を開かれるために、真のお母様が拘置所におられます。しかし、その救いの道をもっと早くするために誰かが、真のお母様と共に囹圄の生活をする必要があるというものです。その誰かとは、天の父母様に近く、天の父母様が愛されるものです。それが正しく日本の食口です。

復帰摂理で、天の父母様は愛するものを打ち、それを条件として道を開いて来られました。天の父母様は、日本食口を愛しておられます。それ故、天の父母様は日本食口を祭物として立たせ、摂理の最後の絶頂を越えて行かれようとされたのです。それが、母の国の日本食口が真のお母様と共に囹圄の生活しながら超えて行く道なのです。

そのような囹圄の生活を、世界のどの国の食口よりも日本の食口に託されたのです。日本食口なら、この囹圄の生活を耐えられます。また、越えられます。他の国の食口に負わすことができるでしょうか。それが、私が良かったということを聞いた理由だと感じたのです。私は、この時天の父母様の愛と心情に触れ、涙が自然に溢れ出ました。

イサクが祭壇上で祭物となり勝利し、イエス様が十字架上で祭物となり、それを勝利され、真のお父様が囹圄の道を勝利され、そして今真のお母様が囹圄の道を勝利的に超えて行かれるとき、日本食口も彼らの信仰と心情を相続し、基盤を拡大していく時、輝かしい勝利に道が開かれます。




 

 
 
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