私自身の決断でなした信仰生活
- 2025年10月1日
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家庭連合信者は洗脳されていると考える人もおられるかもしれませんが、私の入教の動機とその後の歩みは自らが決断しなければ歩むことのできなかった60年でした。
家庭連合に入信する前。(1964年11月頃)
世界の難病で悩んでいる人の薬を開発する夢を持ち、早稲田大学理工学部応用化学科に入学。当時、学内は安保闘争で荒れ、世界平和を叫びながら怒号で覆われ、誰しもがどうしたら平和世界が出来るかを考えておりました。その時、私自身は闘争で平和が実現できるはずがなく、イエス様のみ言で人を裁くな、まず自らの心の葛藤を解決しなければと思って学生生活を送っていました。しかし、その課題は余りにも困難で、イエス様のみ言に従う生活は不可能ではないかと葛藤している時、大学の理工学部の掲示板に『イエスキリストの十字架の限界と再臨の必要性』についての集会を行うとの原理研究会の案内が出ており、それに関心を持って集会に参加した事が導かれるきっかけでした。 (1964年11月14日)
何故、文鮮明先生を再臨主と信じたか。
①私の抱いていた疑問が明確に答えられた。
A)神様はなぜ、全能であるにもかかわらず、人間の犯して来た闘争と葛藤に干渉し、解決できなかったか:人間に責任分担を与えた。
B)なぜ、メシアをアダムが堕落してから4000年経って送られたのか。:人間の側の責任が果たされなかった。
②神様の堕落した人間を見られる心情、また摂理歴史中で選ばれた人物(ノア、アブラハム、モーゼ、イエス様等)の使命と心情を明らかにされた。:心情は事情を通過しなければ分からないとすれば文先生は選ばれた人物、特にイエス様と同じ使命を持ち、事情を通過した人物、すなわち再臨主であると確信した。
私が60年間、家庭連合で、日本だけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、南米とどのような苦労があっても歩んで来れたのは文鮮明総裁と韓鶴子総裁の教え、神様を中心とする一家族世界の実現に共感し、神様を愛する心を感じたからです。


